2014年10月19日 (日)

下北沢「邪宗門」

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エッセイストの森茉莉が晩年に暮らした世田谷区の代沢。この地に彼女が毎日のように通った喫茶店「邪宗門」があります。閑静な住宅街の中に馴染むようにあるので多少道に迷いつつ辿り着きました。上記写真は森茉莉が必ず座った定席で、来店時に誰か他の客が座っていると側で立ったまま客が帰るのを待ち続けたそうです(すごい)。座ると紅茶一杯で閉店まで原稿書いたり途中で買い物に行ったり、店に常備させたバターを塗ったパンを食べたり、けど好きなイケメンを眺めるのが特等席の秘密らしく、常連客として来ていたTBSの脚本家の男性が一番良く見える位置だったからだそう。結局ふたりは一度も話したことがなかったそうですが、遠くから眺めるだけとは永遠の乙女心。

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2014年9月12日 (金)

好きなヤンキー/嫌いなヤンキー

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いまヤンキーという単語から想起されるのは都市部から離れた地元にたむろするDQNだったりしますが、80年代の、それこそホットロードな時代はまずヤンキーと聞いて真っ先に思い浮かぶのは金髪をポマードで撫で付けたジェームズ・ディーンでした。京都の清水寺の参道にあるお土産屋さんをのぞくと修学旅行の中高生ターゲットにジェームズ・ディーンの大きなパネルが売ってたりしたものです(京都とはまったく関係ない)。原宿ピンクドラゴンや今でも躍っているローラー族など、80年代の日本は50年代のアメリカに恋いこがれていたのです。

子供だった私はヤンキーもジェームズ・ディーンも大嫌いでした。

いつも仲間と群れている格好悪い烏合の衆にしか思えなかったからです。しかしその認識はむしろ今、2014年現在の地域を愛する連帯型の「ヤンキー」or「マイルドヤンキー」には当てはまると思いますが、80年代以前のヤンキーはそれとは大きく違っていたんだと今にして思います。ジェームズ・ディーンの代表作「エデンの東」も「理由なき反抗」も基本的に地域や人々に理解されない孤独な若者たちの話でした。つまり心が傷ついているんですよ。ジミーの表情のように80年代のツッパリたちも寂しそうで傷ついていたように思います。で、ジェームズ・ディーンと現在のヤンキーとのメンタリティの隔たりを思うと私の好きと嫌いの分水嶺は90年代だったのかなと思います。

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2011年5月21日 (土)

謎の曾祖父

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母方の曾祖父、私のひいおじいちゃんという人は、会った事はないけど親戚の間では伝説的な人物でして、写真で見るとスネークマンショーをやってた頃の伊武雅人にそっくりなんですがひっじょうに女にモテた人だったらしく、受付をして働いていた郵便局の窓口にストーカー女たちが押しかけてきたという話を子供の頃からさんざん聞かされていました。その曾祖父が二十歳を迎えたばかりの婚約者(私のひいおばあちゃん、この人は私が中3の時まで存命だった)を連れて突如アメリカに渡ったのが大正末期。そこからの動向がまったく謎に満ちていてまづ禁酒法時代のシカゴで建築家のライト邸の住み込みコックをやって(フリーメイソンに加入していたという噂もあり)、やりながら写真学校で写真の勉強をし、そのあとシアトルの日本人居留区で過ごして…何年いたのか知らないんですけどまぁ程なくして帰国し、いきなり弘前で喫茶店を始め(太宰治が常連客だったそう)、それに飽きたらこんどはその店舗を写真館に改造、しかし元来のお人好しが災いして、知り合いの借金を肩代わりするはめになり破産…と不思議な人生を送った人です。帰国した夫妻は子供達に聞かれるとまずい話は全て英語で会話していたとおばあちゃんから聞きました。で、その娘である私のおばあちゃんが持ってる伝説的父親の遺品を一つだけ私が譲り受けたのが写真の懐中時計です。とっくに壊れて動かなくなっていたのですが、先日ふと修理に出してみようと思い立ち、早稲田にある平山時計店に持ち込んだものが、ついに直って帰ってきました。ネジが切れていたそうですがそのネジを方々で探して修理してくれました。調べた結果、この時計は800銀を使用したスイス製で製造は1922年の所謂「商館時計」と云われるものです。ヲロスヂーバアク商會というフランスの百貨店が横濱で日本人向けに取り扱っていたものだそうで。Img_9019
たぶん日本を出国するとき立ち寄った横濱で購入したものなのかも知れませんが、横濱で買われた後、曾祖父の手に握られたまま彼のどんな人生をまじかで刻んできたものなのか、謎の真実を知る遺品と云えましょう。

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2010年9月26日 (日)

初卸と事故

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いきなり手痛いこと。私の組たてが甘かったらしく走行中に段差をジャンプしようとハンドルを持ち上げた途端、ハンドルが抜けました。ハンドルを空に向けたままの状態で立て看板に激突…人差し指をけがしました。でも可愛いから許す。

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2010年9月24日 (金)

雨の日はそとにでたくないの

徹夜明けで失神するように眠っていた午前中に先日購入した自転車が届けられました。「自転車きたよ」という声に布団から飛び起きて玄関先に出てみるとざんざんぶりの雨を背景に「BICYCLE」と英文字で書かれた食卓テーブルのようにでかい段ボールが置いてありました。さっそく家に招き入れ、ばりばりと箱をこじ開け、わしゃわしゃと緩衝材を取り除き、組み立て開始(組立式なのです)して小一時間、すこし離れてみると部屋の明かりをきらきらと反射した私の「BICYCLE」が居間中央にその全容を現していたのでした。ハンドルは優雅な線を描くプロムナード・タイプ、サドルは切り返しのあるツートンカラーの革製、握ると「にゅっ」とした感触のグリップも革製。60年代の味わいを再現した3段変速ギア、そして決定的に全体の印象を左右する「顔」とも云えるのが前輪上に美しく輝く銀色の弾丸型ライト。これを、こんな自転車を俺は欲しかったんだと眠気でぼんやりした頭でうっとり思い、さて、いざ跨がって車体を前後させてみると何やらバックのときに「ンモーー」と悲しそうな音を立てるのでした。何かお気に召さないのかとあちこち見てみるとブレーキパッドがブレーキをかけていないのにタイヤにずっと当たりっぱなしの状態で「ンモー」を発声させていることが分かり、店に問い合わせると「ブレーキ金具の中心軸がずれている」とのこと。私の組立が甘かったのでしょうか。
「雨の日はそとにでたくないの」
という幻聴が寝不足の頭に響き、はっと我に返ると明かりを反射させた私の「BICYCLE」はただひたすら美しかった。別の日に近所の自転車屋に持ち込んで調整してもらおうか、今日はとりあえず雨なので家のなかに置いておくとしてじっくり鑑賞してまた跨がってを繰り返し。世話が焼けようがこの際すべての不具合はこの美しさと可愛さに免じて許すことにします。

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2008年10月10日 (金)

警察来るなら来てみろ

1.こぶしを握って親指を目一杯上げると親指の付け根に凹みができましょう。
2.粉末をその凹みに米粒くらいぱらぱら乗せましょう。
3,鼻の前に粉末を乗せたこぶしを持ってきましょう。
4.片方の鼻を押さえてもう片方の鼻を粉末に近づけて一気に「しゅんっ」と吸引。
5.鼻をもみもみして完了。
6.もう片方の鼻も同様に。

これをいくらやってもどうしてもくしゃみや鼻水で苦しくなって咽せてしまいます。誤解なきよう補足するなら、来る大禁煙時代(もう来ているとも云える)に備えて「嗅ぎ煙草」の練習をしているのです私は。その茶色の粉末はドイツ製でアプリコット風味です。18世紀あたりの欧州では流行っていたらしく、お互い道で出会った者同士が挨拶代わりに相手の手の甲に乗せた嗅ぎ煙草を手をクロスするようにしてスマートに吸引したという今では信じられない光景が展開されたそうです。何で廃れたか。単純に鼻水が出たりしてばっちいからです。それにすごく鼻の粘膜が痛くなるんです。それと現代だと公共の場で誤解されやすいです。家で暇つぶしにやるだけです。

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2006年7月 9日 (日)

切手収集とシャラポア

マリア・シャラポアに触発されて切手収集を始めることにしました。
始まりがシャラポアっていうのも何なんですが、切手集めが趣味だとマスコミに公表したんですから伊達に乳首おっ立ててはいないですぜ、お嬢さんは。そういうところに男はぐっと来るんですよ。
いいですか女性のみなさん。
何の話でしたか、

そうだ切手の話。
小さな芸術品、これから絶対ブームになると思います。
今日、さっそく目白の切手博物館に行ってストックブックと呼ばれる切手収集用アルバムとコレクション第一枚目を購入。ついに「キング・オブ・ホビー」と云われる趣味中の趣味、切手の世界へと船出することになったのです。ドキがムネムネ!
切手収集方法には一般的にノンジャンルで収集する「ゼネラル」とテーマをしぼって収集する「テーマティック」の2種類があるそうでこの日私が購入したのがこれ。

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来日40周年で最近もりあがっている云わずと知れた4人組の切手ですが、なぜかコンゴ民主共和国から発行されたものです。ジョンが似ていませんが。
若輩の私ですから何も考えずに購入したのですが、このジャンルで集めるとなると相当苦労しそうなので、ゼネラルで行きたいと思います。よろしくお手柔らかに。

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2006年5月16日 (火)

春眠暁をおボエズ。

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うれしいなぁうれしいなぁ、と声に出していってみると、ことのほかうれしい気分が体験できることを最近知ったのですが、私だけですか?だけど帰り道にそれをやる勇気がまだありません。
誰かやってみなよ。
うれしいなぁうれしいなぁ、うれしいなぁうれしいなぁ、っていいながら歩いている人、絶対へんな人に見えるから。

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2006年5月12日 (金)

ミッキーロークの視界のやうに。

レトロ通販に現像に出していたモノクロの8mmフィルムが上がってきました。
すでに風前の灯火となって久しい8mmフィルム業界において現在、富士フィルムがかろうじてカラーフィルムのマガジンを生産し続けておりますが、モノクロフィルムに関しては約30年以上まえに生産が中止されて以来、日本国内で現像はおろかフィルム自体入手不可能と思われていたのです。
しかしながらこのレトロ通販というところは大根なみの根性みせてわざわざドイツのフィルムメーカーと提携して「レトロX」なるモノクロ8mmフィルムを共同開発、販売しているというマイノリティな8mmファンには神様のような会社なのです。当然、そこでしか扱っていないので現像量込みで少々値は張るんですがね、そんなことマニアには関係ないのです、欲しいものにはそれ相応のお金を費やすこともやぶさかではないという消費者の自然な心理を与することが商いの基本でっせ。需要の少ないものは遠慮なく切捨てする大企業には是非ともレトロ通販の爪の垢を煎じて錦糸町の方角に向ってエヴリディ・ドリンク&プレイしてほしいものです。
さて
期待が高まる中、おしっこ漏らしそうなワクワク感を抑えつつ、震える指先で映写機にフィルムのシッポをかませてレッツ投射!いざ蘇れ、いにしえの光りと影よ(カタカタ)

ぅわー昭和80年。

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