2017年9月25日 (月)

駆け足ウィークを振り返る

■ごめん、愛してる

もう終わってしまいましたがTBSのドラマ「ごめん、愛してる」をゲラゲラ笑いながら鑑賞するというのが我が家の日曜のひと時でした。泣かせようとすればするほど大爆笑を誘う、スーザンソンタグ的に言えばキャンプな香りをお茶の間に浸透させた、その心意気がナイス。TVKが塔子につけたあだ名が「サックスセックス姉ちゃん」。ナイスネーミング。

■自由学園明日館

式場として利用できることを知らなかったのですがナイスな友人夫妻が明日館でナイスな結婚式を行いました。明日館は説明不要の建築家フランクロイドライト設計によるもの。三角の天井からシンメトリーで現れるカップルの対称性が美しかったのと、誓いのキスが長かったのがナイスでした。見ている私が窒息しそうでした。当日は台風の影響が心配されましたがなんとか二人の愛の力で持ちこたえてくれました。

■遺伝子による

お彼岸の季節。父のお墓詣りに向かう電車の中の出来事です。おとーさんがアメリカの方らしい、すっごく可愛いハーフの姉妹が乗り込んできました。多分二人とも小学校に上がる前だと思います。隣に座っていたTVKと9253は「邪魔よ!この席は私の!」とばかりにエルボーされたり蹴られたりしたのですが、その傍若無人さが超絶に小悪魔的。そのあと別の席に移っていったのですが隣に座っている部活に向かうジャージのニキビ女子高生たち(純日本)との対比。ナイス遺伝子。

■銀座の交通会館の最上階にくっついてる円盤。あそこはレストランになっていてモーターでぐるぐる回るのですが、9253の誕生会に初めてランチを食べに行きました。思ったより速度が速く、私は進行方向と逆向きに座っていたこともあり船酔いみたくなりました。シンゴジラがぶっ倒れたJR東京駅のホームに新幹線が7本並んでいる様がナイスビュー。

■オン・ザ・ミルキーロード

エミール・クリストリッツァ(覚えづらい!)監督&主演の映画「オン・ザ・ミルキーロード」を鑑賞。動物たちが大暴れ&ジプシー音楽ノンストップの逃避行劇。50代のナイス色気を放つイタリアの至宝・モニカベルッチと手に手をとって逃げたい監督の欲望とメーメー羊が大爆発の楽しい125分。

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2017年1月18日 (水)

熱々のバターみたいに

ヒップホップの開祖的存在・オールドスクールの雄たるシュガーヒルギャングの『ラッパーズディライト』がなぜか無性に聴きたくなって池袋のタワーレコードに飛び込んだのですが売ってませんでした。というより平日とはいえ洋楽コーナーの人とCDの少なさに今更ながら愕然としました。皆様あけましていかがお過ごしでしょうか。

ドナルド・トランプの大統領就任を目前に控え、全然関係ない日本人の私は鼻くそほじってアメリカの田舎に思いを馳せました。トランプを勝たせた『ヒルビリー』と呼ばれる白人の層。たぶん映画『イージーライダー』でピーターフォンダとデニスホッパーにショットガンを向けたような人たち、『ミシシッピーバーニング』で白い布をかぶって馬に乗りながら黒人を追い回していたような野蛮な人たち。と、日本人の私はステレオタイプに考えます。しかし『やっぱりタフで生命力が強くなくちゃ』という方向に風向きが変わってハリウッドもヒルビリー向けのマーケットがどんどん開拓されていくんだろうな、と。田舎者と中国人向けで反ゴダール的映画。CDが売れなくなって単館映画がなくなってパルコもなくなって、つまり90年代の渋谷的なモノが大全滅した時代になって『トレインスポッティング2』が今更公開されるって一体何を意味してるんでしょーか??と全然関係なく思いました。。。そんな年始です。

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2017年1月 3日 (火)

新年快楽!

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新年あけましておめでとうございます!!

年明け前からインした台北の極彩色のケバケバと夜市から立ち込める臭豆腐のオイニイで明けた2017年。蒋介石のキャデラックの光沢、テレサ・テンの港町ブルース、宮原眼科のハイセンス、台湾娘の丸メガネに萌えて、小籠包で舌を火傷しました。彼の地のトレンドを表す共通キーワードはズバリ『1920年代』と見ました。果たして2017年はローリングするんでしょうか?それとも大戦前夜をただトレースしてるだけなんでしょうか?ま、なんでもいいや。

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2016年12月25日 (日)

ライフ・オブ・ブライアン

メリークリスマス!!

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2016年12月22日 (木)

酒に酔ったテイで

『友がみな我より偉く見ゆる日よ花をかいきて妻とたしなむ』とは石川啄木の歌。久しぶりな人たちに再会するたびに思い出すキョーこの頃。

先日およそ10年ぶりに集った同級生ハシシ、ガエシ、コウタでお酒を飲んだ時、ガエシが老人になって奥さんのアキヨちゃんがもし先に逝ってた場合、多分ロボットとかAIみたいなものに看取られるんじゃないかと言い出しました。ロボットと聞けば冷たく聞こえますが今後40年後、ロボットの性能と見た目は今とは比べものにならないくらい飛躍していると思われ、下手したら生身の人間より人間らしい体裁をとっているかもしれないです。なんなら見た目が新垣結衣か、ドコモ時代の広末涼子かもしれない。そういう美少女たちがAmazonの箱の中に体育座りした状態で入って家に届くんですよ。それで起動ボタンの場所が、、。ま、いいや。そんなこと考えたって、ね。


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2016年5月29日 (日)

ペッツな5月

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今年の五月は夏のように暑くこれから始まる夏の本番に向けての予行なのかと思うと恐ろしい限りです。お久しぶりです。

かつて銀座は松坂屋の裏手にカトレアという名前の喫茶店があり、そこで2000年代のはじめによくイラストや写真の展示が行われておりました。私も前の会社のパイセンに誘われてよくそこでイラストの展示をしておりました(いま銀座七丁目松坂屋一帯は取り壊され再開発工事の最中なのですっかり面影はありませんが)。そのカトレアで展示をしていたメンバーが集まったグループ展が新宿荒木町であったので久々に懐かしい面々と再会できました。参加者でカメラマンのモッチーパイセンに連れられて御苑のレゲエバーからゴールデン街へとハシゴして楽しかったのなんの。でもモッチーさんのモンスターのような泥酔っぷりはじつはサービス精神の発露なんじゃないかと、じつは周囲に気配りをしまくっているんじゃないかと思いました。そうなると俄然わたしには真似の出来ない格好良さです。

一時閉店する渋谷パルコ前でFAIFAIの宇宙人パフォーマンスを見たり、イッセーミヤケ展を観に行ったり、店員のおっぱいが強調される制服で有名なアンナ・ミラーズにチェリーパイを食べに行ったり、そんなこんなしているうちに首のヘルニアがどんどん悪化して現在牽引治療している次第です。いつかペッツみたいに首がスポーンと取れるんじゃないかと心配しております。

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2016年4月 8日 (金)

春は馬車に乗って

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春は出会いとわかれの季節です、と誰が云ったのやら。

春一番が吹く前に白クマと別れてきました。白クマとは我が家の愛車クラウン・ロイヤルサルーンに名付けられた愛称です。もともとは父のものでしたが10年前に他界してからは動く遺品として乗り回していました(乗り回していたのは免許を持たない私ではなく妻9253でしたが)。父はこの車に乗って検査を受けるために病院に行き、そのまま入院して駐車場にこの車を預けたまま二度と乗ることはありませんでした。それから10年後、子供も赤ちゃんではなくなって電車移動する機会も増え、あまり乗らなくなったのと、駐車場代やら税金のことやら考慮した結果、タクシー使った方がよくね?という母の決定でサヨナラとなりました。サッコンのキツい目つきのデザインが多い車社会にあって、優しいノンビリした顔付きの実にイイ奴でした。勤続17年お疲れさま&ありがとうね!という報告をマンタ夫妻にしつつ砧でお花見をしてきました。公園からさらに移動して東宝の砧スタジオでは壁一杯の三船敏郎がお出迎え。

翌日は私の従姉妹で数年前ドイツ・ドレスデンゼンパーオーパーバレエのプリンシパルを引退した由美子ちゃん

がなんと渋谷の公園通り沿いにバレエウエアのショップ「YUMIKO」をオープンさせ、そのオープニングにお邪魔しました。彼女の服はマドンナがワールドツアーに着たり、ナタリーポートマンの映画「ブラックスワン」の衣装に起用されたりと世界規模で拡大中。亡くなった父も、そして今頃スクラップになっているであろう白クマもきっと目を細めているにちがいないです。

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2016年3月28日 (月)

東京のいけすかない夜

オトナはずるい、と小6のtvkは云いますがそれは至極当然です。オトナはオトナでしか楽しめない特権を享受するのです。くやしかったら早くオトナになってみろ、なってみやがれ。

年に一度tvkが剣道合宿に行くこの3月末に思いきり街で夜更かししたれ!というのが我が家で恒例となってきたようで、今年は渋谷から代官山で「いけすかない」夜を過ごしてきました。というか単に代官山のツタヤで子どもに気遣うことなく思いきり夜遅くまでウダウダしてみたい!というのがささやかな目的なんですけど。

そもそも根がド昭和ライクな私は「東京カレンダー」や「ヴォーグジャポン」のような東京が苦手でして、あくまで私の東京は「平凡パンチ」や「プレイボーイ」です。それをあえて平成東京のいけすかなさ巡りに駆り立てたのは紛れもない妻への気遣いというやつです。

最初に飛びこんだ文化村の浮世絵展示「俺たちの国芳 わたしたちの国貞」は浮世絵に現代の価値観を当てはめ、「スカルファッション」「パンク」「モンスターハンター」といったワードを絡めて現代若造のヤンキー像を照射するといういけすかなさ。その前にまず展示を壁掛けじゃなくて東博みたいに平置のケース台にして欲しかった。

道玄坂の上に位置するカフェでは客の大方がノートパソでなにやら打ち込んでるいけすかなさ。ここでフィギュアやオリジナルグッズをレーザープリンタで作れるという場所らしく、まずパソコン操作できる、しかもマックユーザーというリテラシーが必須といういけすかなさ。いけすかなさすぎる!

夜になって旧山手通りを歩いて入ったレストランはシックなインテリアに高い天井という所謂デートレストランです。滅多にこういうところに入店しないので珍しかったのと、料理も洗練されて複雑な味付けが素晴らしかったのですが、食事後に残った印象としては何か寒々とした渡り廊下のような感じ。ハイエンドを目指すいけすかない若さが鼻についたというか、頑張り過ぎたんでしょうかね?

高台から東京の夜景が望める西郷山公園ではシェアハウスに出てくる様ないけすかない若者たちが3分咲きの桜の下でお花見の撤収作業。女の子たちは赤い口紅にベージュのロングコート率が高いです。男の子達はヒゲ率が高いです。

で、最後はいけすかない総本山たる蔦屋書店にたどり着いたのですがバックナンバーの取り揃えから何から自分の好きな領域すべてが網羅されてるいけすかなさに加え、ソフトバンクのブースで5歳くらいの欧米人の女の子がペッパーと戯れる美しい光景の横で、柳宗悦全集の棚と李朝期の器など民芸品が展示され、後ろでは高級ウッドスピーカーからアートブレイキーのドラムソロが聞こえ、催眠術にかかった妻の9253は素敵な野田ホーローの弁当箱を買い、せなけいこの「ねないこだれだ」を読んであげてるリンネルに出てくる様なお母さんの向こうにはジョンレノン愛用のギター・エピフォンカジノが煌めいており、キングクリムゾンのクリムゾンキングの宮殿のLPジャケットに睨まれながらスタバのカップを片手にモンブランを物色する若いカップルに松浦弥太郎とすてきなあなたにが雪崩を打って嗚呼、ああーいけすかねーったらありゃしねぇぇぇえ!

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2016年2月18日 (木)

高円寺心中

久しぶりに高円寺に行ってきました。

座・高円寺という演劇ホールの地階ギャラリーで、知り合いのカメラマン「むーちょ」が落語家たちのポートレートを展示しているので9253とTVKと一緒に観に来ました。高座に上がって客と対峙する顔、煙草を吸いながらリラックスするオフの顔などさまざまな表情を見せる男たち。男が男を見る視線はどうしても仕事という意識が入り込んで来るけども、女の人の中年の「可愛さ」を見抜く目というのはあるんだろうな、と思ったり。でもその女から見た中年の「可愛さ」を意識する中年ほどみっともないものはない訳で(それは中年に限った話ではないんですが)無意識、無作為がある人によっては「可愛い」や「美しい」になるんだろうな、と思いました(結局意識してんじゃないか)。

ちなみに座・高円寺は初めて行ったのですが寺山修司の奴婢訓のポスターや、店内に流れるアンビエントな音楽や大量の演劇チラシなどを見るにつけ何かこういう場所に入り浸っていた学生時代をふと思い起こしました。当時そういう環境は主に池袋のセゾン系列が用意してくれていたんですがね。ちょっと懐かしい感じでした。で、懐かしいついでに高円寺の街もぶらぶら歩いてみたんですが私が16年前にイラストの展示をした「yonchome cafe」は内装も変わりなくそのままありました。演劇科の友達たちが公演をした明石スタジオもそのまんまだったし、ムゲン堂から漂うお香のニオイとか、つまるところ高円寺ってなーんにも変わってない街なんだなと思います。ただ駅前でギター弾く人とか、絞り染めのぞろっとしたシャツを着たヒッピーテイストのカップルとかはいませんでしたが。この街に住んでいた髪の長いヘビメタ野郎・イーディ先輩の下宿に遊びに行ったのももう20年以上前です。私が酒飲んで眠りこけていた朝方、台所でおむすび作ってくれて帰りのバス代まで出してくれたイーディ先輩。ヘビメタ野郎の風上にもおけないくらい優しい律儀な先輩でしたがそれから3年ほど後にバイク事故でこの世を去ってしまいました。そんなこんなが思い起こされる街・高円寺はなにげに私のヤングアグリーメン時代がぎっしり詰まっていた街だったんです。

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2015年12月 4日 (金)

お母さん問題

小学4年生のころ、音楽雑誌の編集者をやっていた母に向かって「なんでお母さんはよそのうちのお母さんみたいに家にいてご飯作ったりしないんだよ」と云ったことがあります。母は烈火の如く怒り、最後は泣きながら「まさかお前にそんなこと云われるとは夢にも思わなかった!」と崩折れました。

編集の仕事なんて校了間近となれば家に帰れないなんてこともあるので我が家は私のご飯を作ってくれる家政婦のおばさんを雇っていたのです。母から後に聞いたことですが男中心の会社組織にあって「女はすっこんでろ」的な視線や、義理の母からは「嫁が働くなんて!」という圧力がある中で一杯になりながら仕事と子育ての両立を戦い抜いてきたというのがあったので(30年以上前の話ですからね)理解者だと思っていた子供から非難されたことはショックだったのかも知れません。小学生の私は無論それを理解しておらず「お母さん=家でご飯作ったりお掃除する女の人」「お父さん=外で仕事をしてお金を稼ぐ男の人」という認識だったので、外で仕事をバリバリやってお金を稼いでいるウチのお母さんは一体にして「お母さん」なんだろうか???よそのウチのお母さん達はいつも家にいてお菓子出してくれたり夕飯の買い出しに行ったりしてるのに「ウチはなんか違う!なんで!?」と感じたままを無邪気に言い放ったわけです。

母に泣かれたことで図らずもジェンダー問題の端緒に触れることになった私はとにかく云ってはならないことを云ってしまったという後味の悪さと共に「お母さんとは」という疑問を一旦保留しました。

保留したまま時が過ぎ、私は結婚して子供を持って今に至るのですが、母と同じように外で働き、帰宅してご飯つくって子供の宿題をみるというウルトラCをやり遂げている妻の9253とはこのことについてはがっつり話をしたことはありません。でも家事も育児もそつなく分担して「わかるわかる女の君の気持ちすごくわかってる」みたいな事を云えるような夫に自分がなれるのかどうか、なれたとしてもそれ自分じゃないんじゃないか(なんか出来過ぎで気持ち悪い夫に感じる)という感じもしてしまって「唐変木な夫」というズルい立ち位置を家庭内につくっています。つまり否定もしないが先回りして妻を助けるとかいう機転もない「お母さん」に「お母さん」を押し付けた自分の父親とおんなじことやってる!!なんかこう文字を打ってきて不安になってきました。。。これでは多分いけないんだと思います。

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