2010年3月 3日 (水)

家の電話

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うちの電話機はamadana製なんですが「デザイン性の高さと使い勝手は比例しない」という若干強いられる部分は甘んじて享受してるつもりです。ハイセンスに遊び心はつきものなんでしょうが、留守電に夏木マリの声がサンプリングされていて「おでんんわ、ぁありがとうございますっ」という聞く側の肝を芯から冷やす妖艶さなので母親が「一体誰なのあれ!」と気味悪がったり周囲には大変評判が悪いことこのうえない。
 先日押したことのないボタンを誤って押したところ、どうやらそれが保留ボタンだったらしく、人工声帯のようなロボット電子音の歌う「でーいじー、でーいじー」という脱力ソングが始まりました。知った人が聞けばキューブリックの「2001年宇宙の旅」に登場したコンピュータ「HAL」がボーマン船長によって初期化される断末魔に歌い出した「デイジー・ベル」だとわかるんですが、こういうわかる人にしかわからない「遊び心」のセンスはさすがデザイン家電amadanaだけあってイヤらしいというか嫌みというか、狙ってます感が逆に恥ずかしいかなーと。しかし電話機の保留メロディっていうと大抵「レットイットビー」とか「スティングのテーマ」ばっかりでウンザリだから「そこにもっとセンスを!」という心意気はわかることはわかるのです。私はやりすぎだと思いますが、デザイン性も含めてとにかく出し抜いてやったぜ!な「ハイブロウ」感がドメスティックな我が家において実に浮きまくってるわけです(褒めているんですが)。
 ちなみに「デイジー・ベル」という曲は1961年にコンピュータが世界ではじめて歌った曲らしいです。嫌みついでに。

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2009年5月13日 (水)

トイレセンサーに物申す。

デラックスな施設によくありがちですが、トイレの便座に座って用足して便座から腰を浮かせた瞬間に勝手に水が流れる便器がありますね。センサーかなんか知らないけど、ホントにあれ勘弁ならないんですよ最近。あんな機能必要あるんですか。自分の産み出したウンコはウンコと云えども自分の子供みたいなもんでしょう、クリエイティヴですよ。出したら一先ずこの目で見て確認したいです、どんな子が産まれ出てきたのかを。で、私の場合すごく立派な、もうほれぼれして正月に飾ってもいいぐらいなウンコだったら、感動すら憶えてしばらく眺めていたりするのですが、それを有無を云わさず「汚いもの」として感知して勝手に流されたらこれ怒りますよ「何すんだ」と。ウンコは所詮ウンコだと云わんばかりの役人みたいな態度に「おまえ誰の許可とって勝手に人のウンコ流してんだこら」と心底云ってやりたい。生殺与奪の権利はこっちにあるはずで、じっくり鑑賞したあとに心を込めてサヨナラしたいのに、腰浮かして2秒で素早くふりかえっても、もう渦の中なんですもん。ね?余韻って大事でしょ?カラオケで歌い終わったら即停止ボタン押すようなもんだよ。だいたいさ、最近トイレが、どこもかしこもタッチレスになりすぎてないか。快適さを履違えてねーか?便座に抗菌シートが自動的にぺらーって出て来たり、水道の蛇口も自動だし、バイキンばっか気にしすぎるから免疫力が低下すんだよ。
あともうひとつ云ってやりたい。「いつも清潔にご利用くださいましてありがとうございます」っていうトイレの張り紙。慇懃無礼とはまさにこいつのことだ。

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