2015年5月 1日 (金)

気味の悪い友達

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2015年3月20日 (金)

オウムのいる日常

私が通っていた大学の正門前には20年前にオウム真理教が展開するチェーン定食屋がありました。店名は「うまかろう安かろう亭」。

 94~5年の社会におけるオウム真理教への認識は「幼稚であやしい、変なことしてるやつら」というもので大方一致していましたが、宗教研究家の中沢新一や博物学者の荒俣宏、当時は映画監督として注目されだしたビートたけしらと麻原彰晃が雑誌上で対談するなどサブカルチャーの方へ徐々に浸透しだしているような、少しだけ「こいつら大丈夫かも」という空気がごく一部では流れていたようにも思います。

 で、さっきの定食屋ですが私はそんなバックボーンなんか何にも知らずに一度だけ入店したことがあります。あきらかに怪しければ入店なんかしませんが、その店の体裁はいたって普通の、今で云う「大戸屋」とか「さち福家」みたいな明るくて清潔感ある感じだったもんで。

しかし客は私一人でした。

 店内は綺麗だし値段も学生が嬉しいリーズナブルさなのに何故??とここで疑問がありましたが、とりあえずコの字型カウンター(吉野家と同じ作り)に座ってトンカツ定食をオーダーしました。若い男の店員は「はいトンカツ定食ですね」と云って店の奥に消えました。厨房の様子は完全に壁に仕切られて見えません。そして調理している様子というか音というか、そういうものが一切聞こえてこない代わりに、店内が軽く揺れるほどの「ドスーン!ドスーン!」という謎の音が定期的に響き渡りました。。。「何やってんだろ?」と一人の私は不安になり、腰を浮かせました(逃げようかと)。ドスーン音が数回鳴り響いて数分たったのち、店の奥から先ほどの店員が何喰わぬ顔で「おまたせいたしました」と云ってトンカツ定食を静かに運んできました。なにかシュールなコントを見てる様な気分です。

トンカツは普通に美味しかったです。

翌日そのことを先輩に話したら「あの店オウムの店だよ!」と云われ、どうしてガラガラだったのかがようやく分かりました。すでに学内ではその噂が行き渡っていたのです。あわよくば芸術系の大学生をオルグして一体どういうことを企てていたのか知りませんが同じように入店した友達数人は水の代わりにエナジードリンク(例の尊師の入浴の残り湯といわれるサットバ水でしょうか?)のようなものを出されて飲んだそうで(私のときは出てこなかった)資金確保以上の企てはあったようです。

で、95年3月に立て続けに起こったサリン事件と教団内部一斉捜査の翌日、店はベニヤ板が入口に乱暴に打ち付けられてモヌケのカラでした。何とも気味の悪いユーモアが漂う教団の終わりは突然でしたが、もしあのまんま事件を起こさずしれーっと日常に融和していたらどんな世の中になっていたんでしょうかね。たぶん日本人って順応性高いから「ああ、あの人たち、オウムさんね」ぐらいのイキフンになっていたんでしょうかね?

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2014年12月23日 (火)

香港的學生真的努力了!

香港的學生真的努力了!

我想向發起運動的學生諸位衷心雲痛向陷入在(到)「反正做也徒勞」和虛無主義的多的日本人也告訴了禮儀行動重要拼命打算保護自由的香港。因為想對不徒勞,想並不是還完全結束希望無論如何繼續衷心想。

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2014年9月29日 (月)

香港が危機に瀕している

一昨年の正月に香港に滞在した時、私たち家族を乗せたトラムという縦長の二階建てバスがトンローワン付近で大規模なデモに遭遇し立ち往生したことがありました。それは中国共産党からの推挙で就任した行政長官支持を訴える親中派によるデモで赤い旗と人民服と銅鑼鐘と鼓笛隊が延々と続く物々しい行列でした。突然トラム車中にいた中年のオヤジが怒りに耐えないといった風情で窓から身を乗り出し、そのデモに向かって大声で罵声を浴びせたのです(広東語だったけど怒ってるのは十分わかった)。またその日の夜、ネイサンロードではアノニマスのマスクを被った反中と行政長官辞任を訴える民主派のデモ隊が警官に排除されている様子がニュースに流れました。特別行政区として自由な空気が流れていた香港が徐々に共産党カラーに染められていくのを黙ってみていられない人々がこの当時から運動を起こしていましたが、いよいよ対立の度合いが深まって来たようです。一体どうなるんだろう??個人的には民主派の人々に香港らしさを守り抜いて頑張ってほしいと思ってます。

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2014年4月16日 (水)

最近流行のアングル

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Sensei wakaranaikoto ga arimasu

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2014年4月 2日 (水)

女が寿司を握ると寿司が腐る

なんで寿司職人は男ばっかなの?と私が子供のころ疑問に思っていたことを父に聞いたところ寿司好きの父はこう云いました。「江戸の昔から“女が寿司を握ると寿司が腐る”と云われているから」と。まるで七不思議のような話ですが、実際これは女性の方が男性よりも体温が高いから握ったとき魚の鮮度が落ちる、と考えられていたことかららしいです。が、いまではそんなの単なる風説に過ぎないというのが一般的です(私もそんな大勢の女の人の手を握ったわけではないからケース報告とも何とも云えないんですが、女の手って基本的に男の手よりもヒヤッこくありませんか)。やっぱり職人の世界ならではのホモソーシャルが「女の握った寿司なんか喰えっか!!!」と云わさせたんでしょう。

最近の週刊誌の見出しや理研の会見なんかを見てるとやっぱり「女の作った細胞なんか認められっか!!」と云ってるように思いました。理系の世界も寿司屋の世界と何だか似てる気がします。ことさらあの娘さんが「女」全面押しで華々しくデビューしたから尚更かもしれませんが「なにぶん小娘のしたことでして」で納めようとしているあの会見は何だか男の嫉妬がチラ見えしたようなカッコ悪さがあったように思います。

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2014年3月26日 (水)

台湾がんばれ。

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2012年12月19日 (水)

こころよりお慶びを申し上げます!

自民党の皆さま、そして安倍総裁、294議席獲得おめでとうございます。

近年まれに見る大大勝利でございます。
グランテカール劇場一同こころよりお慶びを申し上げます
長引く不況と震災の影響、日本は不安定に揺れております。
止められた原子力施設を全部総動員して
失われた経済を活性化させてください。
そして日本を再び世界のナンバーワンに導いてください。
たとい国土を失おうが、幼い子供のリンパ線が腫れようが
そんなことは考える必要ありません。
こころよりお慶びを申し上げます。
近隣の国からは領土を取られそうになっております。
是非あいつ等をやっつけて追い出してください。
懲らしめてください。
そのために兵士をどんどん育成してください。
そしてどんどん御国のために奉仕させてください。
たとい人民のほとんどが名誉の戦死をしても
国から人が一人残らずいなくなっても
そんなことは一切関係ありません。
こころよりお慶びを申し上げます。
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2012年7月 7日 (土)

地井武男、七月、紫陽花、官邸前デモ

先日亡くなった地井武男さんに3年ほど前にお会いした際、サインをもらった事があります。私はホリ企画と日活が制作した1970年制作のピンキーバイオレンス映画「野良猫ロック/ワイルドジャンボ」が好きで、そのDVDを持っていったところDVDのパンフに快くサインしてくれました。当時の地井さんは27歳くらいでこの映画は実質的に「僕が主演みたいなものだった」と例のガラガラ声で仰って、そのパンフの表紙を見ながら「これ前野霜一郎、児玉誉士夫の家にセスナで特攻した人ですよ、でこれが范文雀、死んじゃったよね、監督のパキさんも死んじゃったな」って主演者を一人一人指差しながら説明してくれました(それから程なくして夏夕介も死んだので今生き残ってるのは梶芽衣子と藤竜也の2名のみ!)。あと主演の藤竜也のことを「藤くん」と云ってたのが個人的にグッと来ました。人によっては地井武男っていう俳優のイメージって「北の国から」だったり、もちろん「ちい散歩」だったりするんでしょうけど私のなかでは地井武男といえば断然「ワイルドジャンボ」のタキのイメージなんですよ。20120109_2199401
それはもう散歩してる温厚なおっさんのイメージじゃなくて、不満がいまにも爆発しそうな苛ついてギラギラした不良の兄さんのイメージ。

ご冥福をお祈り致します。


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昨日、大雨と湿気で不快指数大爆発だった8時ちょっと手前、仕事を終えてから丸ノ内線に乗って国会議事堂前に向かいました。言わずもがな毎週行われている「反原発デモ」に行くためです。着いたら既に地下から地上に出る出口のほとんどが封鎖されていてかろうじて開いている4番出口の階段を上がっているとサルサというか複雑な太鼓のポリリズムが地鳴りのように聞こえてきました。「サンバ祭りやってるね」と思いましたが、そんな呑気さが地上に出ると一転、もう人ごみと豪雨とビニール傘とシュプレヒコールと色とりどりの旗、旗、旗!列の最後尾につきましたがすぐ後ろは「解散してください」と叫ぶ警官隊。


原発の問題はですね、正直どうにもならないかもしれない。まず50年ちかく日本を支えてきた一大産業構造がそう簡単に破棄されるとは思えませんが、電力、経済に影響する短期的リスクと国土の一部と末代までの健康を失う長期的リスクということを考えたなり、自分が帰結する所はやっぱり「反対」しかないかなと、で、デモは議論のバではなくてそういう表示のバであるのかと思い、人生初のデモ&シュプレヒコールになったのです。他にもっといい方法があるのかも知れないけど。
でも人生初ということでやっぱり他のどうでもいいことに目がいっちゃうんですよね、おじさんたちが「カルチェラタン思い出すね!!!」って嬉しそうだったり、ビラ配ってる女性たちがニューエイジ系というか中央線沿線でオーガニック雑貨とかやってそうだなーって思ったり、あとやっぱりノートブックやスマートホン片手に個人個人で配信しながら、という人たちが圧倒的に多かったこと。顔を上に向けて「反対」を叫ぶんじゃなくて、光る画面をみながら「反対」を叫ぶ、これが今までのデモと一番違うとこなんじゃないでしょうか。

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2012年6月17日 (日)

1万人デモの様子


放射能の恐怖っていうと即、東宝の怪獣映画を連想するんですけどあれは広島・長崎・福竜丸を経験して間もない日本人が映画という当時の一大メディアを通じて表現した「反核」運動だと云えます。そんな表現もタブーになったら日本はいよいよ終わりだと思いますが。兎に角、朝日新聞は「400人が官邸前でデモ」と報じていましたが実際に集まっていたのは1万人だったという事実。テレヴィはどういう訳かデモがあった事自体黙殺したわけで、

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