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2017年2月22日 (水)

「沈黙ーサイレンスー」レビュー

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奇しくも「入信 」で芸能ニュースが賑わっている中、マーティンスコセーシーが撮った「沈黙ーサイレンスー」を小6のTVKと観てきました。

隠れキリシタンを題材にとった遠藤周作の原作は出だしのサスペンス感もあり、すごくスリリング(スリリングと云ってしまっていいのどうか)であっという間に読み終わったのですが、映画の方は長尺だったこともあり、割と“丁寧”という印象でした。キリスト教徒ではない私はこのテーマも含め、もっと単純で娯楽的に東宝映画「マタンゴ」を連想しましたが。絶海の孤島とはいかないまでも東の最果ての島国で仲間が次々と命を落とすか、あるいは棄教してるわけです。人間(キリスト教徒)としての尊厳を保ちつつ苦しみもモガキながら生きていくか、キノコ(日本人=仏教徒)として楽しく平和に生きていくか?を迫られて苦悩する主人公ロドリゴ。また築後守井上を演じたイッセー尾形(水野久美に相当する)が彼を残酷だけど甘~く誘惑するんです。

しかしキリスト教を精神の基盤にする人たちの原作に対する解釈はやっぱり切実さが断然違うと感じます。一時期は聖職者を目指していたと云われるスコセーシーにとってあんなアルフォートみたいなレリーフくらい踏んじゃえばいーじゃん、とはいかないあたり、煩悶の描写が、そして踏む瞬間(転ぶ瞬間)の、あのズサーーーン!!みたいなダイナミックなシーンがアイデンティティの崩壊なんだと新鮮には映りますが、自分が信じているものを失うということがどういうことかという意味ではすべての人にとって切実な問題だったりもします。

なんせ内容が内容なんで映画の大半は拷問シーンなので家族向けでは間違いなくありません。でも小6の子供はどうやら話はわかったようで、退屈はしてない様子。これが後々に心の奥底で滋養のように効いてくれればいいなと思います。

あと映画は意識的に音楽を排除して自然音のみだったにもかかわらず音楽監督がザ・バンドのロビーロバートソン(スコセーシーファミリー)だったのはどういうことだったんでしょうか?報酬は全額もらったのか、それとも60%くらいOFFだったのか。

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