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2014年12月11日 (木)

納戸のベビーカーについて

今日は使われなくなったベビーカーについて思いを馳せます。

皆さんは納戸にしまって使われなくなったベビーカーどうしてますか。

どうしてるんですかorどう思っていますか。

ウチのかつての搭乗者たるtvkはすでに小学4年生です。「もう邪魔だから捨てようよ」と私が云っても妻の9253は「うーん」と云って何だか鈍い反応しか返してこない。男である私は正直いってあんな幅をとるもん捨ててしまいたいし、なんならブン投げたいくらいに思っています。つまり1ミクロンほどに何の思い入れもないのです。9253が何をそんなに捨てることに躊躇しているのか。ですがこの感情がデリカシーにかけたものだと最近ハタと思いました。女にとって納戸にしまい込まれて使われなくなったベビーカーはちょっと触れてはいけない禁忌みたいなもんじゃなかろうかと。

もちろんこのベビーカーを押して赤ちゃんを運んで雨の日や風の日をエイコラ歩いた思いは私より母たる9253の方が鮮烈なはずで、その点は性別問わずわかるはず。ただこれを捨てるということがある種の「宣言」であるという極めてセンシィティブな点は恥ずかしながら私、気づきませんでした。いや、気づいていたけど深く考えてませんでした。ベビーカーを捨てるということは「出会うかも知れない未来の赤ちゃんの可能性」を捨てるようなことで、広義で女性としての「老いに対するモラトリアム」を象徴するのが納戸のベビーカーなんだと。この場を借りてお詫びいたします。

……でもやっぱり邪魔なんだよなー。

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