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2014年2月 1日 (土)

アーバン、アーバン、アーバン

若い頃はアーバニストに嫌悪感がありました。単純に「だせ」と思ってました。

眩しい光が差し込む朝のマンションの一室でシャワールームからバスローブ羽織って髪を乾かしながら片手にトマトジュース。みたいな(これって舘ひろしじゃねぇか?)

同じようにAOR(アダルトコンテンポラリー)も大嫌いでした。ボズ・スキャッグスの朗々たる歌声とかくそくらえと。これらのアダルトでアーバンなイメージはみんな80年代に固まったものです。80年代も嫌いでした。で、その80年代のアーバンを牽引したのはおもに日本においては私たちの親の世代だったわけで、それがアーバンでアダルトという単語のオッサンくささを想起させていたんじゃないかと思います。それに輪をかけて「バブル」の負のイメージが追い討ちをかけました。

あんだけ憎んでいたアーバン、アダルトは今のこの日本でほぼ死滅しかかっています。アダルトという単語に至ってはもはやエロ以外の何者でもありません。

10代のアイドルたちとミッキーマウスと深夜のアニメと子供の喧嘩のような外交をする政治家にあふれた日本は今世紀を迎えてから急速にネオテニー(幼児成熟化)に向かっているのです。

40代に入った私はいま激烈にこの日本でアーバン&アダルティに恋いこがれています。日本の中心でアーバンを叫んでみたい。

懐かしいからじゃありません。今の日本には大人のロマンティックが絶対必要なんです。

たとえば日本の代表的なアーバニストの成功例たる伊丹十三や加藤和彦みたいなエスプリが(二人とも自殺しちゃったけど)。

笑いの対象でしかなかったAORももはや笑えない。しゅわーーーーって10ccのアイム・ノット・イン・ラヴのイントロが流れたとき、私はきっとバスローブを羽織っているにちがいない。そして摩天楼の夜景を背景に片手にはブランデー、朝だったらトマトジュース。

そんな40代。

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