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2014年1月31日 (金)

女の子だった男の子だった

私の母も、祖母も、かつては女の子だった時代がありました。

それは容易に想像がつきます。二人とも何歳になっても自分のこと語るのが好きだしじゃんじゃん惜しみなく喋ってくれるのでそれが積み重なって女の子時代が刷り込まれるのです。祖母は昭和初期に荏原(いまの目黒区)で製図・図案の学校(いまのデザイン専門学校てとこか)に通ってて高円寺に遊びに行ったとき行列が出来てるのでわけも分からず並んでいたらアンパンの配給だったらしく「キャッホー!」となったとか、母は女子高生の頃に授業中であるにも関わらず先生が目を離した隙に教室の窓からおテンバよろしく飛び出してあんみつ食べに喫茶店に行ったとか(しかも当時つきあってた彼氏と)。母子そろってどんだけ餡好きなんだよ!

しかし亡くなった父親のヤング時代はなかなか想像できません。

なぜならほとんど自分のヤング話を喋らなかったし、たまに喋ってくれてもその描写が淡白過ぎて詳細がぼやけているのです。

むかし大学時代の母との馴れ初めらしきものを喋ってくれたことがありました。

「もともとゴルフ部に入ってたんだ、練習がきつくて止めた。で、音楽同好会(クラシック音楽専門)の部室の前をたまたま通ったらテツ(父の同級生)がいて入れって言うから入ったらお前のお母さんがいたんだよ」

おわりかい!!

音楽と云えば橋幸夫と舟木一夫くらいだった父とクラシック好きだった母はこうして大学の同好会で出会ったそうですが、部室で母を見たその先はどうだったのか、どのような感情の流れがあったのか、初めての会話がどんなだったか、さっぱり端折られてます。たぶんこういうことだったと思います。

「テツが入れっていうから“クラシック?チョーたりぃんだけどつかめんどくせ”て思ったけどとりあえず部室入ったら、したらチョー可愛いコいてー、で、マジ好みのタイプだし“うっわやべ、マジ鬼やべ!”てなって、“これそっこー入部っしょ、てか行く?行くしかないしょ”みたいな」

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