« クリスマス回想録 | トップページ | Johnny「ジェームズディーンのように」 »

2013年1月 6日 (日)

Kick Like KATO!!!!

29643292_1864695166_47large

2012年も恙無く年を越し、当たり前のように当たり前の顔して新年がやってきました。録画した紅白歌合戦を見ていたら審査員の樹木希林のうしろにでっかい黒メガネをかけたやけに目立つ青年がいたんですが、あれモックンの息子だったそうで、そういうところに時の流れを感じた新年のグランテカール劇場。
みなさんいかがおすごしでしょうか。
そしてあけましておめでとうございます。
よその国の新年はどんなかなー?ということで私は香港のワンチャイで年を越しました。日本より遅れること1時間の新年明けです。漆黒の闇とともに厳かに粛々と新年のお喜びを噛み締める日本の「ゆく年来る年」な正月になれた私は、このド派手でいつ果てるともしれない狂乱の花火と極彩色のネオンでアゲアゲなお正月に完全に度肝を抜かれました。経済的にも本土との結びつきを強化する香港のアゲっぷりと、いろんなものが膠着状態の日本のしんみりさと無意識に象徴化させている自分もいたりして何だか「うーむ」と顎をさすってしまいました。
元気がいいのは経済ばかりではなく、親中派と民主派の対立も盛り上がっているようでして、正月早々に中国共産党の推選で選ばれた行政長官の辞任を求めるデモと、逆にそれを支持する親中派のデモが同時発生してました。私たちの乗ったトラムが街の中心地で大規模な親中派のデモによって一時的に立ち往生しました。真っ赤な中国旗が翻り人民帽子を被った鼓笛隊の列が続き、なんだか異様な香港らしくないイキフンに乗客の民主派らしきオッサンが大声でデモ隊に向かって悪態をついてましたっけ。
29643292_1864776318_97large
喧噪に次ぐ喧噪ですっかりブレードランナーの世界が現出したようなネイサンロードに面した治安の悪そうな重慶マンションは両替するために入ったのですが、ここはウォンカーウォイの「恋する惑星」で見て憧れていた場所です。インド人がやたら多く、映画そのままの無国籍ぶりでしたがみんな総じてエネルギッシュ。でも私の一番の旅の目的は何と云おうとブルースリーの聖地巡りでして、カオルートンという郊外にあるブルースリーの元邸宅と銅鑼湾にある映画「死亡遊戯」でラスボスを倒すペッパーレストラン「南北楼」でした。
A_1extkceaaw6majpglarge
ブルースリー邸は富裕層の子供達が通う幼稚園エリアとラブホテルエリアがいっしょくたになった教育的に無茶苦茶な地域に存在していて、今はラブホテルとして使われています。門構えも家の外観も一部改変されているとはいえ当時のままらしく、しかしメンテを怠っていて廃屋のように見えます(上記写真奥の灰茶色の建物)。せめて「ホテル死亡遊戯」とか「ホテル危機イッパツ」とかの名前で営業すればいいのに。9253と一緒に行ったのでそのままカップルとしてチェックインし、室内に潜入することも考えましたがこのきったない外観を見て止めました。ちなみにその隣りに鉄条網を張り巡らした家があってそこはチョウ・ユンファの邸宅です。
ペッパーレストラン「南北楼」は普通にガイドマップにも載っている有名なお店でここのエビチリとオコゲ鍋は絶品でした。トイレに行くフリをして二階にも上がってみましたがラスボスがいた部屋の感じは変わっていた様子。しかし店の外観は映画のまんまで感動しました。
その他にも9253の好きなジャッキー映画「プロジェクトA」で有名な香港水上警察署に行ったりヤウマウテイにあるブックスストア「キューブリック」に行ったりと満喫しました。この街の猥雑さを取り込んで今年を乗り越えようと決意新たに…!
Kick Like KATO!!!!

|

« クリスマス回想録 | トップページ | Johnny「ジェームズディーンのように」 »

コメント

はじめまして。
いつも館長のブログを楽しく拝読しております。
都立高校のJKです。
ポートボール部です。

実は私、大きな悩みを抱え込んでしまいました。
その悩みを館長に聞いていただきたく、
コメントさせていただきます。

先日私は地下鉄に乗りました。
帰宅ラッシュ時で、車内も駅も大変な混雑。
私は池袋駅で降りました。
ホームから改札まで、軍隊行進のごとくです。
自動改札では、人間が工業製品のように
「ピッ!」と同じ動きを繰り返します。
私も、その動きをコピーしようとしたその時、自動改札機の横の柵に目が行きました。

その柵越しに男女がキッスをしていたのです。
男性が柵の外。女性が柵の中でした。
別れを惜しんでいるようでした。

このような光景をみると、イラっとします。
私に彼氏がいないからではありません。(笑)

いくら都会は他人の目を気にしないからといっても、混雑ラッシュのイライラが溜まっている状態であのキッスを見れば、誰でも舌打ちしたくなったと思います。

これが普段の私の反応だったと思います。

しかし、その日はそう思わなかったのです。

なぜなら、男性がホームレス。(臭いがしたので多分そうです)
女性が小人症の方だったからです。
そして、キッスは、深キッスでした。

改札を過ぎた私の心はイライラではなく、モヤモヤしていました。
乗り継いだ次の電車の中で、私に悩みが生まれました。

そこで館長に質問です。

あの瞬間、私が「イラっ」としなかったのは差別の助長なのでしょうか?
普段目にする状況との「違い」に戸惑ったということだけだと思うのですが、それすら許さないのが現代社会構造、各種団体の定義だと思います。
私は怖くなってきました。

私は本能的に差別主義者なのでしょうか?

投稿: 子羊 | 2013年1月25日 (金) 11時24分

JKさん質問ありがとうございます
悩める青春じつに羨ましい限りです(あなたのイニシャルJKがジャニー喜多川でなければ)
端的にお答えするとあなたのイラは差別とは別問題です。何も気にやむ事ではありません。むしろないこととして目をつぶることが差別だと私は考えます。
これが健常でスマートな男女のキッス(キスに促音を入れてる故、あなたホントにJKですか)だったらありふれた日常の一風景でしたが、見た目インパクトのあるカップルだったが故あなたの意識は瞬間的に非日常に飛ばされただけであり、それを差別だと気にやむのはあなたの青春的自意識が過剰なのと、もしかしたら誰かの思う壷だった可能性もあり得ます。
先のカップルは無機質なつるつるした日常に風穴を開けるべく企画された劇団員かも知れません。少し離れたところから寺山修司か誰かがいませんでしたか。

投稿: 館長 | 2013年1月30日 (水) 11時27分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/149724/56478407

この記事へのトラックバック一覧です: Kick Like KATO!!!!:

« クリスマス回想録 | トップページ | Johnny「ジェームズディーンのように」 »