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2009年5月11日 (月)

ルイヴィトンVSディーン&デルーカ

■幼稚園のファミリー・デーという授業参観に近いものが1年に一度あり、母の日に参観してまいりました。子どもたちがわらわらいる注意力散漫気味な状況下において私がこっそり注目していたのはお母さんたちの持つバックが「ディーン&デルーカ」派と「ルイヴィトン」派におおよそ二分されていたということです。何気ないことですがこのバックが象徴するものの裏側には各々の行動パターンと生活様式、育児の志向性が如実に現れていると思うのですが云いすぎですか。

●先日プチ裏日本会があり、みんなで世田谷文学館の松本清張展を観ました。驚いたのは松本清張の下唇は20代までは普通だったということ(若い頃は俳優の香川照之に似ている)。40代くらい(つまり文壇デビュー)であの皆が見慣れた下唇を獲得しているということです。いま松本清張の「黒地の絵」を読んでいるのですが、電車内でふと下唇を突き出しながら読んでいることに気づく、そんな初夏の日であることだよ。

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コメント

わたくし、「ディーン&デルーカ」派でございます。

投稿: ゆうこ | 2009年5月11日 (月) 17時42分

わしノレイヴィトソ派

投稿: ウルトラ満 | 2009年5月11日 (月) 18時18分

U子さん
そういえばおたく持ってらしたわね!うちも持ってはいないけど多分、親和性で云ったらディーン&デルーカ派だと思います。KINOKUNIYA派とも云えるけど。けどエコ派ってわけではないです。

萬さん
これ、流行りのギャル文字ですね(流行りか?)。実際、手に取ったことがないんだけどヴィトンのバックもいいらしいですな。ヴィトンのケースもって旅行に行ったらホテル・フロントの扱いが良くなると聞いたけどホントですかね。

投稿: 竹 | 2009年5月11日 (月) 21時25分

次にこの案件

このブランド事件しかり、思うことがあります。
人間という種は誰かの管理下におかれなければ落ち着かないということです。
人間を管理する人間を管理するのは神などの非現実的存在です。

これは、子供が親の管理化に置かれ、その後、管理者は学校の先生や社会や国、政府になっていく人間の社会構造がそうだからかもしれません。

一人では生きていけないと言ったりしますが、それは孤立感を意味するのではなく、管理下から解かれる恐怖を意味している気がします。

投稿: 浮浪者と一緒にエレベーター乗るのは5階までが限界 | 2009年6月 4日 (木) 13時46分

何やってもいいんだよ、って云われると何やったらいいのか自分で考えなくちゃいけないもんね。あとどういう親になったらいいのか自分も含めてわかんないんだよね。結局何かに所属したがるんですかね。

投稿: 竹 | 2009年6月 4日 (木) 16時18分

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