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2006年12月 4日 (月)

文化学院の終焉

Hhhhhhhh


御茶ノ水に仕事で立寄ったとき、ふと胸騒ぎを憶えて文化学院に足を向けました。がこーんがこーんと鳴り響く音がだんだん近付いて胸騒ぎの予感は確信に変わりました。
「あー」
と大きな声をあげてしまい、学生たちが振り向きました。
あの蔦の絡まった戦前のステキなアーチが出迎える文化学院の校舎をショベルカーが「がこーんがこーん」と崩しているのです。

私は文化学院出身じゃないんですけどあの建物には憧れが強く、よく忍び込んでいたりしたのです。ある日、オペラのアリアみたいな旋律が漏れ聞こえて、暗い階段をそろりそろりと上がって小窓を覗くとなにやら舞台で古典演劇みたいなのを練習してまして、その光景がもう何か夢のような美しさと学院への嫉妬で朦朧となった記憶があり、いままさに取り崩そうとされている学院の壁の小窓はあの日私が覗いていた小窓だったんじゃないか、と思ったのでした。

聞けば文化学院は数年前になんとビッグカメラが経営権を取得していたらしく、校舎を取り壊して新しい商業施設も備えたビルに作りかえる工事は経営者たちの「耐震問題と生徒の安全を図る」という名目で行われているらしいのですが、これはどう考えても「あんな汚い校舎なんかこわして、あの一等地にはやく儲かる施設をたてましょうぜ、えッへッへ」という魂胆以外の何物でもない。生徒と経営者がこの問題で対立したのも当然のことでしょうが。西村伊作と佐藤春夫が「この学院を僧院のような佇まいにしたい」と願った自由精神のカルチェラタンは木っ端微塵になったのです。
文化学院の文化はもう死んでいるのです。

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