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2006年10月18日 (水)

怒りを込めて振返れ

帰りの地下鉄車内、どう贔屓目に見てもエテコー面の大学生二人が声高に喋っていました。
二人の舌足らずな会話が漏れ聞こえてくるに従い、おおよそ次のような概要が分かって来ました。

●二人はいま大学3年生であること
●実家暮らしであること
●月の小遣いに親から30万円近くの大金をもらっていること
●それと同時に祖父母からも小遣いを貰っていること
●その金のほとんどを服と彼女との遊びに注ぎ込んでいること
●しょっちゅう風俗に行っているらしいこと
●この前ヤッた女からメールがしつこいこと
 等など

男Aは「どうしてオレこんなに金もってんだろ?」
男Bは「ウチなんかただの公務員よ、コームイン」
男Aは「働いても給料ってそんなに出ないらしいじゃん」
男Bは「服買えなくなんのが一番やじゃね?」

エテコー達はいっさい己で稼ぐことをせずに、その苦労も知らずに金をくれる親のことを有り難がるどころか馬鹿にしくさっています。完全に世間をナメきっています。渡す方も渡すほうだ。

しばらくして私は気付きました。
会社帰りの人々が80%を占める車内の空気が二人への“怒り”にみなぎっていることに。
四方から怒りの目、目、目が二人めがけて押し寄せていることに当人たちはまったく気づく気配なく薄ら笑いを浮かべながら喋り合っています。その内容は例えそう思っていたとしても決して公でクチに出していいようなことではなく、社会人を敵にまわすことぐらいの想像力はエテコーの脳みそでは働かないと見た。
何も言葉を交わさずして、二人を除く車内の心があれだけ一致団結したのを私は見たことがない。いまにも地下鉄の車内放送がインターナショナルをBGMに「労働者諸君、今こそ怒りの鉄槌を下せ」と叫ぶのではないかとさえ思われました。嗚呼、子供に金を渡し過ぎてはいけない。チビKにも経済観念を叩き込んでおかないといけないようです。
怒りの車両を後に私は駅を降りましたが、二人はどんな大人になろうとしているのか、親の援助がなくなった後にどんな破綻と挫折が待ち受けているのだろうか、と心がむやむやしました。でも以外と大物ぶりを発揮して世間を渡り歩いていく可能性がなきにしもあらずというのがこの世の不思議。希望をもたらすということでは、それなりに存在意義があるというものです。
私を含む全てのエテコー達にとっては。

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コメント

そのうち猿も木から落ちるさ。
あれ、この表現おかしいかね。

投稿: マンK | 2006年10月18日 (水) 15時10分

落ちてもタダじゃ起きないかもね…。

投稿: 竹 | 2006年10月18日 (水) 23時59分

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