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2006年6月 6日 (火)

この甲斐性なしっ!

松坂屋の屋上でパンを食べていました。その隣ではドラえもんが「僕と遊ぼうよ」を繰返しています。
2コめのセサミパンに手を伸ばした時、頭上でバラバラという音が異常にしていることに気づき、青空を見上げるとたくさんのヘリコプターが川魚のように日本橋付近でホバーリングしているのが見えたのでした。

そのころ東京証券取引所ではインサイダー疑惑の村上氏が会見を行っていたとのこと。

それを眺めながら屋上でパンを喰っている私はどう見ても甲斐性なしの男です。ヒルズの3000円ランチを食べているような堀江氏にしろ村上氏にしろ金を儲けて駆け上がった人を甲斐性ある立派な男と世間では云いますがいっぽうで人は甲斐性のある男とない男のどちらに感情移入するかと考えれば、甲斐性なしの男だ、と思うのですよ私は。
なぜって、甲斐性ある男は頼りがいがあって皆に注目されていますが余剰がない訳で、こういう人が突然頼りないことになったり、犯罪を犯したり、ダメさ加減を露呈するとそのイメエジの下落ぶりが大きく、いっぽう既に下落している甲斐性なしが突然やる気を見せるとギャップが際立ち、存在がドラマティックに輝くのです。たとえば「昼行灯」と馬鹿にされていた江戸の家老が突然家臣を引き連れて討ち入りしたり、三十路前までふらふらしてた幕末浪人が鮮やかに薩長同盟を導いたりする時に生まれるカタルシスは甲斐性ありが継続的に繰出すパンチより、甲斐性なしが命を懸けて振り絞るパンチの方がよりドラマツルギーを生み出す土壌となりうることの証しなのです。

…と、「甲斐性なし」という言葉が甘美な響きをもって貴方の眼に映ったとしたら危険ですね。「俺はいつかやる」が口癖になったらもっともっと危険です、今のはなしは気休めという甘い毒。所詮「甲斐性なし」は挑まざる者の軟弱なリスクへッジと云わざるを得ませんしね、むしろ情報に疎いアウトサイドの私は「インサイダー取引」という人生の中で関わらないであろう取引の仕方にどこか甘美なものを感じないわけにはいかないのですが。Dsc_1145

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