2012年1月21日 (土)

世間の狭さ

雪みぞれなんかが降ってるもっすごく寒い夜。ゴールデン街の参道を歩いて店に向かいました。もうすでに準レギュラーと云えなくもないくらいに店内で巻き起こったあれやこれやを知ってしまった私にとっては勝手知ったるみたいなこの道。店の扉に付いてる小さな四角窓を覗いて店内の様子をマッチ売りの少女の様に覗きこみました。
 何だか見覚えあるもじゃもじゃ頭がカウンターで小刻みに揺れているのが見えました。「もっさんだ!」と気づき、勢いよく扉を開けると開口一番「なにやってんすか!」と叫びました。例によってカウンターにいた全員がこっちを見ました。もじゃもじゃ頭のもっさんとの付き合いはかれこれ10年近くになりますが、私が前の会社にいた頃よく写真を撮ってもらっていたカメラマンで酔うと抱きついて人の耳をべろべろ舐める癖があります。すでに泥酔という域に達しているもっさんは赤ら顔を向けて「何しにきた!」といまにも飛びかかってきそうな勢い。ママの話では6年くらいこの店で面倒を見ているとの事で、まあNGワードに近いありきたりな感想でしか無いんですけど「世間ってせまいですねー」ということ。そういえば、このまえとある映画監督に取材にいったときも本人もインタビュアーも撮影スタッフもこの私もみんな同年代で同じ大学出身でしかも共通の知り合いがいたという世間の狭さ。そうですよ、20代の若者の皆さん、これが30代の醍醐味というやつですよ!
 もっさんには結局明け方近くに抱きつかれて5回くらい耳をかじられたり舐められたりしました。ちょっとだけ気持ちよかったです。

おわり!

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2012年1月19日 (木)

グランテカール劇場・深夜名曲便


時刻は0時ちょうどをまわりました。
グランテカール劇場・深夜名曲便がお届けするのは喜納昌吉&チャンプルーズで「ハイサイおじさん」です。どうぞ。

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2012年1月 5日 (木)

イヤーオブザドラグン

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 去年2011年の年明け、私にとってようやく21世紀がはじまったと書いたのは別に私だけに限った事ではなかったようでして、あれはたぶん年末のひんやり冷たい空気のなか横濱競馬場の廃墟を前に一瞬ひらめいた予兆みたいな物だったのかも知れません。大げさに云うと「アラブの春」も「ウォール街占拠」も「欧州の危機」も「書記長の死」も一遍に大挙してやってきて。で、ご存知の通り3月に日本でとんでもない事が起こりました。2011年以前と以降ではすっかり世界が変わってしまったと云っても過言ではありません。

あけまして今年もよろしくお願いいたします!!!

 かといって機を見て何とやら、みたいなお利口な私ではありません。世界の移り変わりに翻弄されるがまま、指をくわえてその指を鼻の穴へ、でまたくわえてを繰り返すだけの能無しです。翻弄されるがままに年末を迎え、孫と箱根に行きたいと吠える母に引きずられるがままにロマンスカーに乗り込みました。かくして年末は明治末期に建設された箱根富士屋ホテルの西洋館に宿泊して駅伝直前の箱根の空気に冷やされてきました。今まで泊まったクラシックホテルの中でも一番知られている富士屋ホテルですが、ベッドのすぐ脇に洗面台が唐突に設けてあったり、妙に鋭角的な家具も入らないスペースが部屋の一角にあったり、スイッチが見当たらない電灯が壁の高い位置に付いていたりと不思議さ一杯で翻弄されました。

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本館の鶏や猿や龍といった彫り物がタイガーバームガーデンもかくやという装飾過多な感じで配置されているのを見たりするだけでも楽しいのですが食堂のごてごてした造りも凄まじく、これとは対照的にサービスや料理はいたってあっさりな感じが印象的でした。朝食に頼んだ多分ふつうに水で煮立てた簡素なオートミールの味、オムレツもきれいな小判型でそれに付け合わせ一つというシンプルさ。

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部屋のテレヴィでは「今年を振り返る」として盛んに震災の映像を流していました。本当にこの震災と原発に翻弄された年だったんですが振り返るっていうかまだこれナウ進行中な案件ですよね、振り返ってはやく過去のものにしたいのはあるんだろうけど2012年も引き続き真っ最中ですよこれに関しては。
昨年鬼籍にはいった小松左京先生は日本列島を龍の形に見立てていましたが、そいつが断末魔の叫びをあげるか、再生して飛翔するか、龍の背中に乗る一人としては何にせよ翻弄されていくしかないと、箱根八里に足を取られながら思いました。

おわり!

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2011年12月21日 (水)

展示のお知らせin新宿ゴールデン街

もう始まっちゃってるんですけど。

花園神社を抜けたところにある云わずと知れた酒飲み天国、否、迷宮「新宿ゴールデン街」という特殊な場所でグループ展に参加しております。
ギャラリー&バー 『Tomorrow』の企画展
「Hart Box展 2011」
です。

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期間;2011.12/13~2012.1/17

ギャラリーバーなので基本的にチャージ1,000円と何か飲み物を、、ということになりますが。

イラストレーター、カメラマン、デザイナー、アクセサリー作家、などいろんなジャンルの総勢20数名が参加して、同じ規格の白い箱の中に表現するというものです。私は仕事で関わっているMatsu★Bockrin氏に誘われて参加しました。先週土曜にオープニングパーティがあって呑気に顔を出したら、これがいきなり街の息吹とも云えるような強烈パンチなパーティでして、乱闘あり恐怖あり笑いあり涙あり、といった感じ(詳細は割愛します)。エロ本の編集の方やアートマネジメントの方やらたくさんの人とお話しできて楽しい街でした。

是非!よろしくどうぞ。

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2011年11月28日 (月)

暗い坂道ひとすじに

 先週の地獄の一季、一睡もせず机に座りっきりの状態で日をまたぎ、朦朧としてはいたのですが何故かギラギラが収まらないという全身これ「疲れマラ」状態が続き、さすがにもう帰るから!と涙目で飛び出して新宿行きの切符を買いました。
 気がつくと花園神社の酉の市の混雑に巻き込まれ、巻き込まれついでに参拝の行列に並んでみたり、巻き込まれついでにリンゴ飴で手を汚したり、旦那衆の一本締めに参加したり、そうこうするうちに目的地のゴールデン街がすぐ目の前だったことに気づきました。べったべたの手で携帯電話を握りながら「今近くまで来ましたけどぉー」と伝えるとその日の打ち合わせ人たる梅リンゴさんは「えー!?あーいま別の人とのんでるから先に入ってて!」とのこと。して、人生初の新宿ゴールデン街へ。一番街に入ったとたん縮尺がおかしくなったような錯覚に陥りました。自分が巨人になってしまったような、要するに建物が低くて小さくてギューーーっと詰まっていて小さい看板が点々と寄り合っていて、小さな小人のお家みたいな可愛い感じ。それとも昭和の日本人が今より相当小さかったのでしょうか。
 「明日」という看板を見つけて小さな小窓から中を覗くと客が3人程カウンターに座って楽しそうに仲良さげに店主と話している様子が見えました。何度か前を通り過ぎながら、いまここに私が唐突に入って客がびっくりした顔をする正に「唐突感」を脳内で想像しましたが約10秒後に現実のものにしてやりました。想像と寸分違わずな「唐突感」での登場となり、びっくりした顔の3人客は2階に上がっていきました。
 “だれこの人”という疑問が顔にありありと浮かんだ店主に「あのー」と口を開いた途端、狭い店内で立ち尽くしていた私の背中に激しく扉がぶっつかり「いてー」という暇もなく泥酔した梅リンゴさんが両手を大きく広げながら美しい美女を傍らに「ちぃーーーーす、うぃーす」と云いながら入店。私の目の前を通り過ぎようとしたので、また「あのーあのー」と云うと「え?誰だっけ」とのこと。梅リンゴさんは私の顔をまったく記憶しておらず、別人と勘違いしていた様子だったので改めて自己紹介したのち、しきりに「あれーこんな顔だったっけー」を繰り返していました。その後の飲酒風景は割愛しますが不詳わたくしめはこのギャラリーを併設したバーで年末から新年にかけてグループ展に参加いたします。

詳細はまたおってご連絡いたします。

おわり

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2011年11月11日 (金)

Caroline no

ファンの間ではなにかと語られるビーチボーイズの幻の未完成アルバム「スマイル」がついに発売されたようです。じつに45年ぶりに日の目を見たということでちょっと話題になっていますがきっと気持ち悪いんだろうなと買う前から、聴く前から想像しています。ペットサウンズも最初は気持ち悪くてしょうがなかったんですが、でもそれがだんだん好きに変わっていくんですね。買いたい!!是非とも!!気持ち悪くなりたい!!

ビーチボーイズのペットサウンズの最後に収められている「Caroline no(キャロライン残念さ)」という曲が私は好きです。これを聴くと20歳のころ小学校の同窓会に出て、昔好きだった(というか崇拝してた)女の子と久しぶりの再会をした時のことをくっきり思い出します。
いちおう歌詞とワタクしの意訳をお載せします。


Caroline no

Where did your long hair go
Where is the girl I used to know
How could you lose that happy glow
Oh, Caroline no

Who took that look away
I remember how you used to say
You'd never change, but that's not true
Oh, Caroline you

Break my heart
I want to go and cry
It's so sad to watch a sweet thing die
Oh, Caroline why

Could I ever find in you again
The things that made me love you so much then
Could we ever bring 'em back once they have gone
Oh, Caroline no

長い髪はどうしたの
むかしの君はどこ行ったの
なんでそんなんなっちゃったの
あーキャロライン、残念だよ。

まえはあんな輝いていたのに
変わらないわって云ってたこと
あれ嘘だったんだね
あーキャロライン、残念だ。

ほんとがっかりだよ
俺は走って泣きたいよ
あんなに美しかったものが枯れてしまうなんて
あーなんでだよ、キャロライン!!!

君を見てれば昔の君がよみがえるのかな
昔みたいな気分に戻れるのかな
あーキャロライン、残念だよ。







皆さん同窓会なんかに決して行くものではありません。

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2011年10月25日 (火)

おじいちゃんを大切に


齢85歳のトニーベネットうれしそう!いいぞ、このエロジジィ!!
お送りするのはトニーベネット&レディガガ「The Lady Is A Tramp」です。
どうぞ。

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開幕驚奇復讐譚

国立劇場の45周年記念の「開幕驚奇復讐譚(かいまくきょうきあだうちものがたり)」という新作歌舞伎を9253と観てきました。私は前日というか当日朝の6時に帰宅して9時起きしたので、半ば朦朧状態で家を出る際「きょう絶対寝るからよろしく」と伝えていたのですが、結局公演中に寝る事はありませんでした。それほど面白かったのです。いや、妙に神経が高ぶったコンディションで極彩色の歌舞伎を観ると気が狂う一歩手前というか、篳篥と三味線のリズムにのって顔の白い人たちが立ち回っているのを観ているだけで「むへへむへへへへ」と無自覚に笑いがこみ上げてきて、極めつけは第二幕でレディーガガの格好をした菊五郎が白いワン公に股がってワイヤーに釣られながら羽扇子を振り回し、ワン公の目ん玉が赤くサーチライトのように光ってワオーンと叫ぶと三味線がいきなり16ビートに切り替わり、その横で菊之助がこれまたワイヤーに釣られながら切ない表情でぐるんぐるん回るというシーンでたまらず「どわはははーすげー」と爆笑しながら拍手している自分に気づくのでありました。瞳孔もたぶん開きっぱなしだったと思います。こう書くだけで無茶苦茶な歌舞伎という感じがしますがちゃんと原作は滝沢馬琴のものです。ただ里見八犬伝の馬琴ものだからなのか文芸部がかなり脚色し、そこに尾上菊五郎の「是非レディーガガでいきたい」というお茶目だけど大人げない意向を汲んでこういうことになったんだろうなと思います。そこに歌舞伎の世界特有の悲恋ものと人情ものと義侠ものがテンコ盛りに盛られて最後は金閣寺の屋根で菊之助演じる姑魔姫が桜吹雪の中を立ち回り、足利義満を念力パワーでぶっ殺してハッピーエンド!というすごいものでした。この演目で私はすっかり尾上菊之助のファンになりました。あの困ってるのか睨んでるのかよくわからない表情でワイヤーに釣られて一切苦しがる事無くぐるぐる回っている様がセクシーです。今までは寺島しのぶの真面目な弟という位置づけだったんですが今後、寺島しのぶは私の中では「尾上菊之助の姉」という位置づけに変えようかと思います。でも本当にファンキーなのはレディーガガをやりたいと云って実現させた親父の方なのかも知れません。

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2011年10月 1日 (土)

ももいろクローバー


噂には聞いていたけどこれは確かにすごい。すごすぎて笑ってしまう。AKBなんかよりこっちの方が高いプロ意識を有していると思います。ももいろクローバーですどうぞ。

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2011年9月19日 (月)

黄金町とアートイベント

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 横浜市中区にある黄金町で横浜トリエンナーレと同時開催されているアートイベント「黄金町バザール2011」に妻子を連れて行ってきました。場所は大岡川に沿ってのびる京浜急行のガード下にあった元の特殊飲食店街(つまり売春街)で私は10代後半に、この「ちょんの間」街と呼ばれる一帯でお姉さん達に声をかけられまくりビビって逃げ帰って以来、足を踏み入れるのは久方ぶりとなりました。妻子を連れて再び訪れることになろうとは。
 黄金町という街はハイカラなイメージの横浜市にあってはその名前の輝かしさとは裏腹の「闇」の部分を背負い続けたハマの負の歴史そのものです。1945年の大空襲では多数の住民が焼け死にとなり、戦後は黒澤明の「天国と地獄」で見られるように麻薬中毒者が蠢く「ヒロポン銀座」と呼ばれる麻薬密売の一大拠点として密売組織の抗争乱立に加えて、川沿いに連なるバラックでは表向きはカウンターバーでも2階の3畳くらいの狭い部屋で売春が行われる「ちょんの間」街として名を馳せました。
 驚くべき事にこの「ちょんの間」街は平成に入ってからも存在し続け、横浜県警とのイタチごっこが続くなか堂々と売春行為が行われていたのですが、6年前に県警による一斉摘発「バイバイ作戦」が実行されて特殊飲食街はほぼ全滅したと聞きます。人のいなくなった「ちょんの間」街はその後しばらくゴーストタウン化していたそうですが3年前に市が「横浜開港150年事業」の一環としてイメージアップを計るために「ちょんの間」のバラックをアートスペースとして若者に提供し、オシャレなカフェやギャラリーのあるキレイな素敵な若々しいアートな街に生まれ変わらせたってワケです。めでたしめでたし☆♡ ☆ ☆

ですが


街の臭いっていうのはそう簡単に数年では消し去ることなんて無理なんですよ。まして60年以上積み重なってきたリアルな街の臭いっていうのはファブリーズみたいな町興し程度じゃ取れないんですよ。
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私はもとより妻の9253も6歳のtvkですらその臭いは確かに感じ取りました。ちょっとした路地裏にも続くギャラリースペースのすぐ真後ろには真っ黒な大口をあけて黄金町の歴史がまだ存在していたのです。
 旅館と銘打つ木賃宿のような営業してるのかしてないのか定かでない建物、割れた窓ガラスから恐る恐る中をのぞくと裸電球がタッタひとつっきり灯され、乱雑に重ねられたお茶碗やみそ汁茶碗がオレンジ色に照らされる、かなり荒れ果てた室内が見えました。人の臭いなのかゴミの臭いなのか、とにかく今まで嗅いだことのない不思議で強烈な臭いがそこから漂っていて、でも木製の扉に彫られた飾り意匠はかなり凝ったつくりの室内でした。それはまぎれも無く映画「天国と地獄」の麻薬中毒者たちが折り重なるように蠢いていた、山崎努が足を踏み入れたあのモノクロームの恐怖に連なる最果ての風景だった訳で、脳みそと五感が一斉に「危険!今すぐ逃げろ!」と訴えていました。でもそういう恐怖と同時に室内のぼんやりオレンジ色に光る裸電球の光に懐かしさみたいなものもあって逃げ出したいけど目がそらせられない、みたいな暗闇。これ、コジャレたギャラリー兼作家工房を前に美大生みたいなカップルが「かわいー」とか云ってるすぐ後ろの暗闇なんですよ。お前ら見るべきもんはどうしたってそっちじゃくてこっちだろ、みたいな。

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つまりですよ

表向きというか正にバラックの表面でキレイにオシャレにコーティングされた「黄金町アートスペース」よりも数百倍、数万倍、数億倍こっちの荒廃した風景の方が私にはカルチャー的にもアイデンティティ的にもショッキングだったしアート以外の何者でもなかったのです。アートが非アートに完全敗北している現場だったんですよここは。
 そもそも疑問に思ったのはアートスペースに出展しているアーティストたちが「黄金町の歴史」について誰も言及していないのが不自然極まりなく、まさに「くさいものに蓋」状態だったこと。せっかく黄金町という特別な歴史を持つ街でアート活動ができるのにその街の歴史を一生懸命隠そう隠そうとしているのはどういうことなんでしょうか。これがパブリックアートの限界なんでしょうか。街のオーラに負けてんだもの。市はこういう負の歴史を撤去してキレイにするんじゃなくて逆に保護していかなきゃならないんじゃないかと思いますね。


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2011年9月 6日 (火)

I LOVE TV

御上から「アナログ放送が終わるから新しいテレヴィ買いなさいよ、買わない人は知らないよ、テレヴィ見れないからね」と誠に勝手なことを云われて「ざけんなよ!」となっていた私は「そんな手前勝手なことってあるか、テレヴィなんか買ってやるもんか」と臍を曲げていた訳ですがテレヴィが大好きな9253は「テレヴィがないと死ぬ、本当に死んでしまう」と私の首をぐいぐいと絞めます。果たして7月下旬にアナログ放送が終了してから家のテレヴィは本当に見れなくなったかというと、そんなことはなくマンションが加入するケーブルにより「デジアナ変換」がなされて普通に見れていました(画像は酷いですが)。もうそれで済んだことのようになっていた我が家ですが済んだことにしようとしていたのはどうやら私だけだったようです。昨日ついに権力に負けた我が家にソニー製の黒光りする地デジ対応テレヴィがやって参りました。ブラウン管内蔵テレヴィのどっしりした厚みに久しく慣れたものとしてはテレヴィがこんなに薄いと何か物足りないというか気に食わないというか、落ち着かないです。それと今までのぼんやりとした画質からいきなり隅々にガチピンが来てるかのようなくっきり感に目が慣れないのと、微妙に気になる「解像度感」。綺麗なんだろうけど「わ!キレイ!うれしー!」と素直に感激できないなにかがあるのです。意固地になってるだけ?別に誰にも勝負したつもりはないのに何かに負けた感じがする。

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2011年8月10日 (水)

さよならあなた。私は帰ります

慌ただしく旅程が決まり家の戸締まりをして出る間際、以前修理した曾祖父の懐中時計を引っ掴んで飛び出した私たちの行き先は日本のマンチェスター。祖母と叔父夫妻が住む弘前市に寄る前に青森市から在来線に乗って浅虫温泉に着きました。今から30年ほど前に祖父に連れられて行って以来の浅虫は青森県の奥座敷と云われた嘗ての賑わいがなりを潜め、潜めどころか熱海以上に崩壊寸前。ほとんど人のいない海水浴場では「湘南乃風」みたいな日本語ラップが投げやりに大音量で流れ、地方の偏った若者文化の一端を象徴しているようでした。その空気に流されて投げやりに海に石を投げ、投げやりに温泉に浸かり、投げやりに海の幸を食べ散らかして、また電車に乗ったのでした。が、弘前市に入ると空気が一変。もう祭りの賑わいと浴衣の津軽美人とかつての津軽美人たる米寿を迎えた祖母の姿に、私の右ポッケに入った懐中時計の針音がいっそう音高く響いてくるようでした。夕闇が迫る頃、通りの向こうから大太鼓の轟音とともに弘前ねぷたが光りながらやってきて、やがてそれは束になって目の前を幾度も通過していきました。この旅では「がんばろう日本」「がんばろう東北」というキャッチフレーズを死ぬほど見かけましたが、そんなもん云われなくたって皆がんばってるし、そもそもがんばってるという言葉自体が嫌いな私にはこの光だけで気概や鎮魂や邪気祓いなど乱暴に「がんばろう」だけで括りきれない東北のニュアンスが映り込んでいるように思えてなりませんでした。

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2011年7月23日 (土)

追悼!原田芳雄

原田芳雄様の
ご冥福をお祈りして
横浜ホンキートンクブルースをお送りします。

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2011年7月18日 (月)

TLC、名和晃平展、門前仲町、カールマルクス

Photo


 近所のtutayaで100円シーデーコーナーがあって、そもそも興味なんかないはずなのにTLCのベスト盤をいつのまにか手にもってレジに並んでいました。暑さというより加齢で若干思考が停止気味ですYO。
HO,kick your Mutha
オオアリクイの背中に慎重に子犬を乗せるという仕事が時給200円!何だよそれ!という夢から覚めた午後、ビー玉のイボイボを観に木場にある現代美術館に出かけてきました。まったくもって期待していなかった名和晃平展ですが今世に出てるポスター等宣伝物はあの展示の魅力を半分も伝えていないと思います。行ったらびっくりします。イボイボしてるしパキパキしてるしプツプツしてるし予想以上に素晴らしい出会いでした。観賞後、甘いものががっつり喰いたいと9253が云うので門前仲町の伊勢屋にバスで直行し上記写真のような案配になりました。
 その後、この年になって資本論を読んでないのは何か良くないんじゃないかとふと思い、大手町の丸善に行って果たして資本論が全9巻というボリュウムある事実に青ざめて後ずさりしてその脇にあった薄っぺらい「共産党宣言」というカールマルクスの本を購入して家に帰りました。

おわり!

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2011年7月 8日 (金)

九州新幹線

職場で見てたら泣いてしまった!
これはずるい。ずるい!

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